朱優mamaほのぼの日記 ★ 可愛い兄弟&天使になった娘との愛情いっぱい日常生活

プロフィール

syumama

Author:syumama
2004年 6月 ゆう誕生
2006年10月 しゅう天使に
2007年10月 ゆら誕生
2009年11月 ゆま誕生

27歳で結婚して、
妻になり主婦になり母になり、
命の輝かしさ・尊さ、
子どもたちへの愛を
実感する毎日です。

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2010.10.05 (Tue)  ☆ 命日4年目

今年もこの日がやってきました。1年で最も厳粛な気持ちになる日。
朱優ちゃんが亡くなった日。

あれから4年が経って、 新たに2つの命に恵まれて、
結局女の子には縁がなかったけど、毎日賑やかでそれなりに幸せ。
未練がないといったら嘘になるし、悲しみが完全に癒えたわけでもない。

でも、私はすごく強くなれたし、
日々のささやかなことに感謝できるようにもなった。
朱優ちゃんが与えてくれたものは 悲しみだけじゃなかったね。


写真 402

ささやかながら、みんなでお誕生日をお祝いしました。
朱優ちゃん、貴方のおかげで、今の私達があるんだよ。
本当にありがとう。。。

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2009.10.05 (Mon)  ☆ シュウちゃん帰宅

弟の結婚式の後、夕方にシュウちゃんをお寺にお迎えに行きました。
奇しくも10月4日はシュウちゃんが心臓を止めてしまった日。
そんな日にお迎えなんて、何だか見えない力に導かれている感じでした。

シュウちゃんを大事に大事に預かってくださった観音寺の奥様が、
いつものように優しく迎えて下さいました。
このお寺の多くの優しさにどれほど助けられたことか・・・。
初めの頃はカウンセリングを受けに行くような感じで、
いつも話を聞いてくれて、一緒に泣いてくれて、
たくさん励まして下さった奥様達の存在が、その後ユラを授けてくれて、
お腹の子も産む気にさせてくれたように思います。

お互いに寂しくてしんみりしながら思い出話をして、
たくさんの思いを込めすぎた・・・という水晶のブレスレットまでいただきました。
私達もとっても寂しいけれど、またいつか必ず訪れる約束をしてお別れしました。
本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

群馬でのシュウちゃんの預け先は決まっていません。
向こうはお骨を預かる・・・ということはあまりないようで、
何件かお寺さんにお願いもしましたが、断られ続けてしまいました。
観音寺の奥様に相談したところ、
「自分のおうちで一緒に暮らしたらいいと思うよ」と言っていただき、
今はすっかりその気の私達です。

前におうちに置いていた時は、悲しい思いや未練だらけの気持ちで、
ものすごく執着していたシュウちゃんのお骨。
でも、今はそこにあるだけで気持ちが安らぐような存在です。
ここまで来るのにかなり時間がかかったけれど、
この変化は家族が前進し、成長した証のような気がします。

さてさて、シュウちゃんが帰ってきて、翌日5日はシュウちゃんの命日。
去年まではケーキを用意してささやかなお誕生日をしていたけれど、
この日は私の体調がすぐれず、何も準備が出来ず・・・。
ユウが、「ケーキは買ってないの?シュウちゃんのお誕生日は?」
「パパも遅いし、高崎に落ち着いてからしてあげようよ」と私。ユウはかなり不満顔。

夕飯の時、ユウが電気を消して、「ケーキはないけど歌ってあげようね」と、
ハッピーバースデーを歌い始めました。
ユラもユウに合わせて一緒に歌っています。本当に本当に幸せな瞬間でした。
シュウちゃん、あなたの存在はお兄ちゃんの中にも、弟の中にも、
確実に存在しているよ。もちろんパパとママも常にあなたを想っています。
これからはまた一緒に、新しい生活頑張ろう。見守っていてね。。。
シュウちゃん3歳のお誕生日おめでとう!!

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2008.10.05 (Sun)  ☆ シュウちゃん命日

シュウちゃんの2回目の命日を迎えました。
あっという間の2年間。本当にいろいろあったけれど、
2年前のことは、昨日のことのように思い出せます。

写真 1258 写真 1259 

命日なので富山のご両親がお供え物のお菓子を送って下さいました。
それとお花を持ってお寺へお参りに行きました。

写真 1262

大事な日なのに私が風邪でダウン。。。
夕飯はパパが作ってくれました。ユウも泣きながら玉ねぎを切りました。

写真 1268

去年ユラが生まれて、それからは気持ちがぐっと前向きになれました。
シュウちゃんのことは本当に辛い出来事だったけれど、
それを経験した分、家族の大切さとか、子どもの成長のありがたさなどを、
いつも実感し、感謝出来るようになりました。
ささやかな毎日の生活に、たくさんの幸せを感じることができるようにも。。。

写真 1271

2人が作った夕ご飯。とってもおいしかった♪
みんなで「ハッピーバースデー」を歌って、ささやかなお祝いをしました。

写真 1272

お友達からも素敵なお花をいただきました。本当にありがとう。

シュウのこと | trackback(0) | comment(10) |


2008.02.11 (Mon)  ☆ 2年目

今日の午後は久しぶりにみんなでシュウのお寺へ。
去年の3連休にお骨を預けたので、このお寺にお世話になってちょうど1年。

1 722

本当はいつまでも手元において置きたい気持ちが強かったのだけど、
昨年の2月初めに神戸に行き、そこで偶然出会った占い師さんに、
「お骨を手元で供養するのは良いことに思えるかもしれないけど、
いつも家族みんなの楽しそうな様子が見えるのに、自分だけそこに入れなくて、
それはお嬢さんにとって、とても可哀想なことなんだよ」と厳しく諭され、
さらに、「本当なら2月は新しい命に恵まれる兆しがあるのに、
お骨の問題をきちんとしないと、次の子もこれなくなってしまうよ」とも言われ、
横浜に戻り、意を決して預けたのが1年前なのです。

幸いお世話になっている「観音寺」さんは大家族でとっても優しいお寺。
1年間本当に良くして頂いて、私もずいぶん励まされたり慰められました。
きっとシュウちゃんがここを選んだんだろうな・・・と思います。

1 738 1 730

そして占い師さんの予言どおり、昨年2月の末にユラの妊娠が判明。
1年後、こうして一緒にお姉ちゃんのお参りをして・・・。
つくづく運命を感じてしまう1日でした。
「観音寺」さんこれからもシュウをよろしくお願いします。



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2007.08.11 (Sat)  ☆ シュウの新盆

今日はシュウちゃんのお寺で法要がありました。
お坊さんが10人ぐらい集まって、それはそれは盛大(?)な感じ。
今までになくたくさんの人が集まっていたけれど、
本当にみんなお年寄りばかりで、私たち親子、妙に浮いていました。

木曜日にBOOちゃんがお花とお盆の飾り(?)を持ってきてくれて、
散歩道さんにもお花をアレンジしてもらいました。 お2人ともありがとう。
そして・・・いつもシュウちゃんのコーナーがあるお部屋は
あまりにも日当たりが良すぎて暑いので、
シュウちゃんの写真は食卓に移動しました。

画像 039

シュウちゃん夢の中でもいいから帰って来てね。

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2007.08.05 (Sun)  ☆ シュウ10ヶ月

シュウちゃんが産まれた日から今日で10ヶ月。
ユウは10ヶ月で歩き始めたから、
シュウちゃんも生きていたら歩いていたかな。
そんな事をパパと話しながら、久々にしんみりしました
夕方お花を買ってお寺にお参りに行ったら、
今度の土曜日に行われるお盆の法要準備で忙しそう。
子ども4人がお手伝いしてる姿に感動しました。

お寺の奥様も2人の子をお腹の中で亡くし、
私と同じく切迫体質で、妊娠期間中は大変だったらしいけれど、
今では地上に4人の子がいて、本当に幸せそうなご家族
私もお腹で亡くなった2人の子の分まで、
新たにまた子を産んで愛情をかけていけたらいいな・・・。
(4人は想像できないけれど・・・)
彼女に会ってお話しすると、いつも勇気が貰えて前向きになれるのです。

今のところ不思議なほど妊娠経過は順調。
いつも安定期に入る前から張り止め服用が避けられないのに、
今回はここまで薬なしで来ているし、
友人にも去年よりとっても元気な妊婦だねって驚かれてる。
そういえば去年はちょうど今頃、切迫が酷すぎて里帰りしたっけ。
どうしてもこれから先は、去年の日々と重なってしまって、
不安もあるし、辛い思い出もあるし、いろいろ複雑ではあるけれど、
シュウちゃんが見守ってくれていると信じて頑張っていこう。

私がこの日記を書いている間に、
パパは映画を観にウキウキで出かけて行きました。
あーあ、パパはのんきで羨ましいよ。

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2007.03.05 (Mon)  ☆ シュウを形に・・・。

シュウちゃんはお腹の中で亡くなってしまったので、
形に残るものがほとんどありません。
写真は数枚撮影しましたが、やはりそのまま飾るには痛々しいし、
ユウの目にどう映るのか不安もありました。

数ヶ月間はお骨を手元に置いて、それがいちばんの慰めでしたが、
きちんと納骨を・・・という意見も多く、今は近所のお寺に預かっていただいてます。

そこで知人に勧められ作ったのがクリスタルアルバムという、
ガラスに写真をエッヂングしたものです。
火葬の時に棺の中のシュウちゃんが、
お化粧されてまるで生きているかのように可愛かったので、
特別に頼んで撮影させてもらった大事な大事な写真を、
日本橋三越に入っているお店にもって行き、下の写真のように作ってもらいました。

コピー ~ 画像 025

注文から完成まで2ヶ月ほどかかりましたが、納骨の前に手元に届き、
ずいぶん気持ちが慰められました。
これをシュウちゃんのスペースに置き、お花やお菓子をお供えしたり、
旅行の際には一緒に連れて行ったりしています。
ユウやうちに遊びに来てくれる友人たちも、よく話しかけてくれるので、
私にとってこのアルバムがシュウの身代わりのような感じです。

さらに、小さなお地蔵さんも購入しました。
表情がシュウの顔になんとなく似ていて、ひとめぼれしたものです。
自分たちで手作りしたシュウのスペースがお仏壇の代わりをしてくれて、
シュウも家族の一員としていつも存在しているような気持ちにしてくれます。

画像  画像 012


                                

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2007.02.11 (Sun)  ☆ 納骨

今日(日)は私たち家族にとって、ひとつの節目となる日になりました。
シュウちゃんのお骨をお寺に預かってもらったのです。
ずっと前から預かってもらうお寺は決めていたけれど、
何度も日を決めては落ち込み、やっぱり止めての繰り返しでした。
でも、ある人の言葉に後押しされ、今日実行することができました。

画像 020

金曜日にBOOちゃんと妊娠中の思い出などを語りながらお別れ会をし、
昨日は横浜で、表情に一目惚れしたお地蔵さんを購入。
そして友人からも水晶のブレスレットを頂きました。
ちゃんと心の準備をし、やれることはやってから送り出したので、
少し寂しいけれど、意外と前向きな気持ちになれました。
シュウちゃん、今まで傍にいてくれて本当にありがとう。
天国でたくさんお友達を作ってね。

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2007.01.13 (Sat)  ☆ 百日祝い&厄除け

1月13日(土)は、シュウちゃんの百日のお祝いの日でした。
ユウの時はその日にお食い初めをして、写真を撮りに行きました。
シュウちゃんも生きていたら・・・と思わずにはいられません。

それでも散歩道さんにまた素敵なお花を用意してもらい、
家族みんなでおめでとうと伝えて、心穏やかに過ごしました。
あれから百日。私はずいぶん元気になった気がします。
みんなに支えられてここまで来れました。

画像 038

さてさてもうすぐ32歳の私、今年は本厄です。
去年の前厄でいろいろあり過ぎたから、
これ以上何か起こるのは想像するだけで恐ろしい。
普段はこういうことをあまり気にしない私ですが、
今回は川崎大師まできちんと厄除けに行ってきました。

コピー ~ 画像 013

何だか想像していたより大雑把で簡単な祈願でしたが、
これで少しは安心できるかな。 せっかくなのでおみくじも。
元旦の江ノ島神社に引き続き「大吉」でした! 今年は良い年になるといいなぁ。

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2006.12.05 (Tue)  ☆ 月命日(2回目)

今日はシュウちゃんの2回目の月命日。
あれから2ヶ月が経ちました。

最初の1ヶ月は今思えば、あまり実感が沸かなくて、
うまく現実逃避しちゃっていたような感じだったのかな。
その分この1ヶ月は本当にきつかった・・・。
シュウちゃんの死を実感しまくって、心がとっても痛い毎日でした。

相変わらず泣いたり喚いたり、時にはパパも巻き込んでしまって、
今もまだ、ユウにはたくさんストレスを与えてしまっています。
先週末も車の中で、些細なことでパパと大喧嘩になってしまいました。
夜お風呂場から「パパ、ママとお外で喧嘩したの?」と、
パパに聞いている声が聞こえてドキドキ。
そして昨日は、「パパとママ仲良くね」と作詞作曲?して歌っていて、
思わずパパと2人で苦笑いしてしまいました。
ユウのことを思うと可哀相で反省ばかり。本当にごめんね。

この1ヶ月間で新しい出会いもあり、近所にお友達が何人かできました。
みんなとってもいい人たちばかりで、まだ出会って間もないのに、
不思議なぐらい順調に良い関係が築けています。
今日の夜もご近所のお友達が、突然お花を届けに来てくれました。

この2ヵ月間、シュウちゃんはいつも綺麗なお花に囲まれていました。
私も用意しているけれど、それ以上に、
周りの人から本当にたくさんのお花をいただきました。
たくさんの人がシュウちゃんに会いに来て話しかけてくれて、
以前からの友人、新たな友人、そして同じ経験をされたママ達・・・。
本当にたくさんの人が励ましてくれて、支えてくれて、
私は恵まれているな、シュウちゃんって幸せな子だなぁと、
悲しみの中でも思えることがたくさんありました。

みんなありがとう。そしてこれからもどうぞよろしく。

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2006.11.23 (Thu)  ☆ シュウの四十九日

昨日22日はシュウちゃんの四十九日でした。
ずっとキリスト教文化の中で育った私にとっては、
こういうことは今まであまり馴染みがなかったけれど、
亡くなった人にとってとても大切な日ということ。
昨日はいつもよりもたくさんシュウちゃんのことを想いました。

今日は朝10時から、お寺でシュウちゃんの法要をしていただきました。
お香の香りの中でお経の声を聞きながら、
妊娠中のことやシュウちゃんの死を知った日・出産の日のこと、
思い出すことや考えることが絶えることなくあって、
とっても悲しかったけれど、反面癒されている自分もいました。

お骨については、きちんと納めたいパパ(&パパの両親)と、
まだ手元に置いておきたい私とで意見が食い違い、
何度も話し合いをし、私もずいぶん心が揺れました。
でももうしばらくは一緒にいたいという私の気持ちは変わらず、
パパにも理解してもらって、今日はまた一緒に帰ってきました。

小さなお骨を抱えて車に乗り込んだら、
お墓参りに来ていた中年の女性が窓をたたいて、
「お子さんが亡くなったの?いくつで?」と尋ねてきました。
シュウちゃんのことを話したら、
「うちも娘が15歳でね・・・。辛かったね。頑張るのよ。」と。
隣で旦那さまらしき人も、とても悲しい顔で頷いていました。

子どもを失うということは、本当に本当に悲しいこと。
15年間大事に育てられて、これからという時に亡くされたお二人。
どれほど辛かったか、想像しただけでも苦しくなりました。
それなのに私を励ましてくれたりして、
その優しさに本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

画像 033

今日はその後バスと電車を乗り継いで新橋へ。
引き出物のグラスやウェルカムボードなどを作っている工房に行き、
シュウちゃんの写真をガラスのプレートに彫ってもらうためです。

コピー ~ 画像 075

お骨をお寺に預けた後、代わりになるものがあればと思い、
前々から何が良いかいろいろ考えていました。
シュウちゃんの写真はあるものの、ユウにはまだ見せていないし、
見せるのはまだまだだいぶ先に・・・と思っています。
そんな時、写真をガラスにエッチングする方法を知り、
これなら・・・と思っていたのです。

お店の人もとっても丁寧に対応してくださり、 素敵なものが出来そう。
手元に届くのが楽しみです。 今日一日で、また少し心の整理が出来た気がします。

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2006.11.10 (Fri)  ☆ カウンセリングと安定剤

10月21日、この日はシュウの本当の出産予定日。
その日に一緒に妊娠生活を過ごしたとっても仲良しの友人2人が、揃って出産しました。
どちらの友人も「シュウちゃんがそうしてくれた。。。」と言ってくれました。
私もホッとしたし、良かったとも思いました。
でも、どうして私だけちゃんと産んであげられなかったんだろう。
シュウちゃんが可哀想で可哀想で、本当に落ち込みました。

数日後仲間のみんなで出産祝いを買いに行きました。
のこのこついて行った私。今思えばかなりおバカさんです。自虐的です。
この頃に赤ちゃんのお洋服なんて見ちゃいけなかった。
今でもそのお店に行くと、そのときの気持ち、思い出します。

それからしばらくして、実家に里帰り中の大親友と赤ちゃんに会いに行きました。
これもすごくすごく勇気が要りました。
でも、ここで会わないと、大事な友人まで失いそうな気がしたのです。
行く前に何度もシュミレーションして、傷つかないように心を防衛して。
でも、赤ちゃんを見た途端、呼吸が出来なくなりました。
苦しくて苦しくて・・・。友人が「泣いていいんだよ」と言ってくれたので、
思い切って泣いたら、やっと呼吸が出来ました。

私にとって本当に大事な大事な友達。
でも、このままではもう一緒に過ごせなくなってしまう。
シュウちゃんを失って、その上大親友まで失うのは耐えられない。
彼女は私が落ち着くまできっと待ってくれるでしょう。
でも、私が悲しみを乗り越えるためには、彼女の存在が必要なのです。

そこで、近所の婦人科のカウンセリングに通い始め、
薬も処方してもらうことにしました。
カウンセリングは、身近な人には言えない本音を聞いてもらったり、
とにかくいっぱい泣かせてもらう感じ。
薬の効果は予想以上。1日1回小さな粒を飲むだけなのに、
心が何にも感じなくなるのです。
この薬のおかげで、気持ちが本当に楽になりました。
友人が赤ちゃんを抱いている姿、授乳している姿、
全然平気で見ていられたし、ご飯も普通に食べられたし、
横になったらすぐに寝れるようになりました。



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2006.11.05 (Sun)  ☆ 月命日

今日はシュウちゃんの初めての月命日。

前晩は弟やナオちゃんも揃い、みんなで遅くまで飲んだりして、
実家にいる間は大丈夫だったけれど、
横浜に戻ったらやっぱり落ち込みました。
でも、頼んでおいたお花も届き、お寺にもお参りして、
1日中みんなでシュウちゃんを思って過ごせたかな。
この日だけは泣くのも我慢しないことに。
お骨を抱いて思いっきり泣いたら、少しすっきりしました。 また1ヶ月頑張ろう。

画像 013

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2006.11.04 (Sat)  ☆ 1ヶ月検診

この日は午前中に1ヶ月検診がありました。

ちょうど1ヶ月前の検診で、シュウちゃんの心音が消えていたのです。
その日は朝から不思議なほど激しく動いていたシュウちゃん。
1時ごろお昼ご飯を食べている時にも激しく蹴られて、
「今日は何だか元気がいいわ」と母に言った覚えがあります。
でも今になって思えば、あの時シュウちゃんは苦しかったのでしょう。
そして、今になって思えば、それが最後の胎動でした。
3時の検診の時にはもう、シュウちゃんの心臓は止まっていました。
原因は「臍帯過捻転」。臍の緒がねじれているうえに、
自分の手か足で何らかの力を加えてしまったようで、
酸素がいかなくなってしまったらしいです。

あれから1ヶ月。本当に長い長い1ヶ月でした。
今でもまだ全てが夢のように思えます。
私の体は完全に回復していました。
先生には聞きたいことが山ほどあったけれど、
実際に顔を合わせたら、なかなか言葉が出ませんでした。
でもこの病院で、私とシュウちゃんはとっても大切に・丁寧に
扱ってもらい、一緒に幸せな時間も過ごせました。
本当に感謝しています。

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2006.10.30 (Mon)  ☆ 後悔

起きてしまった事は変えられないけれど、
もう一度戻れるなら、お腹の中のシュウにいっぱい話しかけます。
お兄ちゃんも大事だけれど、同じくらいお腹のシュウも大事。
失うまで、それが分かってなかったと反省しました。

切迫で入院した時、ユウを想って泣いてばかりの私に看護婦さんが言ったこと。
「お腹の子もあなたの子なのよ。今この子を守れるのはあなたしかいない。
お兄ちゃんは赤ちゃんが無事生まれてから、めいっぱい可愛がってあげなさい。
でも、今はお腹の子の事を考えてあげて」

後からこの言葉思い出すたびに苦しかった。シュウちゃん本当にごめんね。

妊娠してから朝がすっかり弱くなって、
里帰り後は寝付けなくて夜更かししては、お昼近くに起き出して。。。
だから健診はいつも午後にしていた。
もし午前中にしていたら?シュウちゃんのこと助けられた?
悔やんでも悔やみきれない思いです。

シュウが亡くなった前の日、そろそろ出産が近づくから、
また入院する前にユウにサービスしたくて、
立川からモノレールに乗って終点まで行き、また戻ってきて、
親にお土産のケーキを買って、バスに乗って家まで帰って。。。
ユウと2人デート気分で、それはそれは楽しい時間だった。
家に着いたら夜、お腹がしくしく痛くなって、明らかに前駆陣痛だったけど、
2人目なのにフライングしたら恥ずかしい・・・と、散々迷ったけど我慢した。
あの時病院に行っていたら?

いつもいつも決まってお臍の右上ぐらいにシュウの足を感じていました。
でも、それ以外はあまり胎動がなかったような。。。
友達が妊娠後期に赤ちゃんが横位になって、
でもまだぐるぐる動いているから戻るかも・・・なんて話をした時に、
ふと、「そういえばこの子、ぐるぐる動くことがないなぁ」と思ったのに、
それ以上深く考えなかった私。もしその時に先生に相談していたら?

どんなに後悔しても、もうシュウちゃんは戻って来ないのです。
本当に本当にごめんね。


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2006.10.28 (Sat)  ☆ シュウのお寺

今週末は土日共にパパはお仕事。
今日は良いお天気だし、ユウの風邪も落ち着いたし、
明日の天気は雨らしいので、今日のうちにユウとお出かけすることに。

まずは、シュウちゃんのお骨を預かってくれそうなお寺の下見へ。
お骨が手元に来た時は、ずっと側に置いておきたいと思ったけれど、
最近になっていろいろ調べたら、 やはりきちんと納骨してあげるべきなのかなと・・・。
でもお墓はないし、両家のお墓もとっても遠い。将来転勤の可能性もあるので、
家の近くで一時預かりをしてくれるお寺を探そうと、パパと話し合って決めました。

そこで、家から歩いて15分のところにある 「観音寺」というお寺に行ってきました。
私たちが着いたら、住職さん・奥様・娘さん・お孫さん、みんなで出迎えて下さいました。

住職の娘さんも、やはり出産前に2人のお子さんを亡くされ、
その子達の分も・・・と思って、今は4人のお子様のママだそうです。
いっぱい話を聞いてくれて、一緒に泣いて下さいました。
住職さんには、お骨は49日までに預けるのが本当はよいけれど、
小さいし子だし、私の気持ちもあるだろうから、
100日ぐらいまでに考えればいいのでは・・・と言われました。

ずっと考えたくないと思っていたけれど、 本当にみんな優しい人たちだし、
子どももたくさんで賑やか。 ここだったらシュウちゃんも寂しくないだろうな・・・。
同じような天使ちゃんも何人かいるらしく、お友達もできるかも。
今日実際に行ってみて少し安心しました。
年越しは一緒にして、その後前向きに考えようと思います。

今日はそのままバスに乗って東急へ。
去年のがほとんど小さくて着れなくなったため、
ユウの秋・冬服をたくさん買い込み、 シュウちゃんにもお花を買って帰りました。

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2006.10.20 (Fri)  ☆ シュウを連れて

シュウを産んで、1ヶ月健診までは実家にいるつもりでした。
でも、週末に来てくれるパパの様子が何だかおかしい。
いつもは本当にタフで、感情のぶれがほとんど無い人なのに、
「いつになったら帰ってくる?」とか、「おまえはユウがいていいなぁ」とか、
「何を目標に横浜でひとりで居ればいいのか分からない」なんて言っている。
パパが弱音を吐くなんて、本当に本当に珍しいこと。

パパは悲しくても全然平気な振りをして会社に行かなければならないし、
会社ではみんなに「奥さんを大事にしてあげろよ」なんて言われているらしい。
私は私で、実家で両親や弟に囲まれて、気持ちは紛れるものの、
本当の感情は出せなくて、ひたすら強がって泣かずにいた。
両親も明るく振舞ってはいるけれど、2人ともやたらと薬を飲んでいる。
このままではみんなおかしくなってしまう。。。そう思って、
病院に電話し、思い切って早めに横浜に戻りたいと相談しました。

こういうときは家族一緒に居ることが大事・・・と、先生も理解してくれて、
何かあったら電話で相談に乗るからと言って下さったので、
産後10日で横浜に戻ることにしました。
帰る直前に病院へ。おっぱいを止める薬を多めにもらいました。

横浜までは大量の荷物と共に父が車で送り届けてくれました。
車の中で私はずっとお骨を抱いていました。
8月に切迫のため里帰りしてから2ヶ月ぶりの我が家。
シュウちゃんを迎えるために購入したマイホームだったのにな。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。

膨らんだお腹で里帰りして、お腹はぺったんこなのに赤ちゃんはいなくて。。。
近所の人はどう思う?新聞屋さん、生協の人、妊娠を知ってる知り合い・・・、
なんて説明すれば良い?どう思われる?
すべてがむなしくて、悲しくて、この喪失感とどう向き合えばよい?
でも、私にはユウがいるのです。この子のために頑張るしかない。
毎日毎日ぐずぐず泣いてばかりはいられない。

でも、横浜に戻ってからは泣いてばかりいました。
昼間はユウのために泣かずに頑張って、夜はひたすら泣いて、
平日はそんな感じで頑張るけど、週末は口がきけなくなる。
私は本来はとってもおしゃべりなのに、話すこと、声を出すことが億劫になる。
パパは私たちが戻ったことで、だいぶ本来の明るさ&強さを取り戻してくれて、
週末はユウを私から離してくれました。

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2006.10.08 (Sun)  ☆ お葬式

この日は朝9時からシュウの火葬が「多摩斎場」で執り行われました。
私とパパとユウは、うちの車で向いました。
途中パパが、「帰りにシュウを乗せるから・・・」とガソリンスタンドで洗車を依頼。
本当だったら私とシュウが病院から退院する時に・・・なんて話ていたのに、
そこから涙が止まらなくなってしまいました。


斎場で富山から来てくれたパパのお父さん・お母さん、私の両親と合流。
赤ちゃんは小さくてお骨まで燃えてしまうから、なるべくお骨を残すために
朝一番の冷たいいちばん窯で焼くのだとか。。。
隣にもう1組、私たちと同じような家族構成の方たちがいました。
「赤ちゃんの死」・・・本当に悲しくて辛い現実。

5日に分娩室でお別れして、また棺の中のシュウと再会しました。
どんな状態になっているのか、いろいろ考えすぎて怖かったけれど、
そこにいたシュウは綺麗にお化粧をされているせいか、
病院で見たときより綺麗な姿で、本当に生きているようでした。
でも、触ったらコチコチに凍っていて・・・やっぱり亡くなってしまってるんだなと実感。
こんなに綺麗な姿なら、このまま傍に置いておきたい・・・そんなことも思いました。

担当の方に「写真を撮ってもいいですか?」と聞いたら、
「本当は駄目なんだけど、この場合は許されると思いますよ」とのこと。
こっそり撮らせてもらいました。

前日に買ったお花、パパと私からの手紙、家族写真、
パパが買ってきてくれた木のおもちゃ、
私が赤ちゃんの時に両親が奮発して買ったという・・・生きていたら着せたかったドレス、
みんなで泣きながら納めました。

ユウが「ママ泣かないで、よしよし」と、何度も頭を撫でてくれました。
ユウにはシュウのことを見せていないけれど、
何となく何か良くないことが起こったことは理解している様子。
ユウも固い顔をしていました。

それから30分ほど別室で待機。
「シュウちゃんは小さすぎるからお骨はたぶんそんなに残らないよ。
そのことにあまりショックをうけないようにね・・・」と両親から言われました。
でも、呼ばれて行って見たら、きちんとしっかりお骨は残っていました。
きっと丁寧に丁寧に焼いて下さったのでしょう。
担当の方が震えながら、骨の部分の説明をして下さり、
みんなで順番に骨壷に納めて行きました。

それからそのお骨を抱いて、パパが予約をしたお寿司屋さんへ。
パパはこの年齢で、自分の子どもの喪主になってしまいました。
「しっかり送ってやりたいから」・・・と、この日は泣きもせず、きびきび振舞っていました。

その席ではユウが一生懸命おちゃらけてくれて、みんなにも笑顔が。。。
私もシュウの死を知ってから初めて、まともにご飯が食べられました。
お骨は抱いたらちゃんと重くて、それに何だか少し暖かい感じも。。。
予想していたのとは全然違う姿になってしまったけれど、
それでも我が子が手元に戻ってきました。




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2006.10.07 (Sat)  ☆ 入院生活

シュウちゃんの火葬に私も参加できるように、
また、他の赤ちゃんの声などが聞こえる産院に長く居るのは辛いだろうから・・・、
という先生の配慮によって、私の産後の入院生活は2泊3日だけ。
新生児室から離れた部屋で、毎日の検診も他の人とは違う時間帯。
病院のスタッフの方たちは、本当にいろいろ気を遣ってくださり、
みんなとっても優しかったです。

睡眠薬を処方してもらったのに、飲んでも全く眠れず、
ご飯も全然受け付けなくて、泣いてばかりいました。
それでも気心知れた友人と電話で話したり、看護婦さんに話を聞いてもらったり、
人と話すことで気持ちの整理が出来ることも。
そして何よりも私の気持ちを癒してくれたのが、ユウのお見舞い。
ユウはまだ事態を正しくは把握出来ていないけれど、
私が悲しんでいることは十分分かっているようで、
子どもなりに精一杯おどけたりして笑わせてくれました。

入院中最も辛かったのは、赤ちゃんの泣き声より、
隣室へお見舞いに来た人たちの歓喜の声。
新しい命の誕生をみんなで喜び合っている状況が伝わってきて、
つくづく天国と地獄だな・・・と思い、落ち込みました。

10月7日無事退院。退院してすぐ、次の日の火葬の準備。
辛いけれど忙しくすることで気を紛らわせていました。

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2006.10.05 (Thu)  ☆ 朱優と過ごした時間

午後1時42分、陣痛がはじまってからたったの2時間16分で、
私たちの娘がこの世に出てきました。
体重2715グラム、身長49.7センチ、胸囲28.0センチ、頭囲31.0センチ。

パパが大泣きしながら赤ちゃんを抱いて部屋に入ってきました。
小さな口をポッカリ開けて、眠っているような小さな赤ちゃんの姿。
「ユウにそっくり!」まずそう思いました。
ほんのりお化粧をしてもらって、体にも暖かいものが巻かれていました。
抱っこをすると、生きているかのように暖かくて、
本当に今にも目を開いて泣き出すのではないか・・・何度もそう思いました。

パパと先生が確認した結果、へその緒が数箇所、
飴の包み紙のようによじれていたことが分かったそうです。
『臍帯過捻転』それがこの子の死因でした。
恐らく4日の朝、ねじれているへその緒をさらに自分で握ってしまったか、
膝の裏などで挟んでしまい、酸素が行かなくなったのではないかとのこと。
お昼に私が感じた胎動は、酸欠で苦しくて最後に暴れたもので、
決して元気なんかじゃなかった・・・。
可哀想で可哀想で、「ごめんね」を何度も言いました。
羊水にうんちなどがみられず、とってもきれいだったので、
そんなに苦しんだ様子はないと言われましたが、
4日の胎動の記憶が、いつまでも私を苦しめました。

その後スタッフの方がみんな出て行き、
パパと赤ちゃんと3人でしばらく過ごせることになりました。
赤ちゃんを私の隣に添い寝させて、写真をとったり話しかけたり・・・。
パパも私も泣きっぱなしだったけれど、でも、最悪な中でも幸せな時間でした。

名前は結婚した頃から、娘が出来たら「しゅう」と名付けようと決めていました。
姓名判断にこだわるパパの気持ちを尊重して、
散々考えた結果、「朱優」という漢字になりました。
絶対幸せになれる、完璧な画数のはずでした。
それなのに、どこにも記すことができない幻のような名前になってしまった。
戸籍に載せられない、このことが私たちの気持ちを一層悲しみに包みました。

午後7時頃、葬儀屋の担当の方が朱優をお迎えにきました。
本当に本当に小さな棺を持って・・・。
私とパパと私の父親が立会い、朱優を棺に納めました。
みんなでお祈りをした後、朱優は運ばれて行きました。
一緒に居られたのはたったの5時間ほどでした。

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