朱優mamaほのぼの日記 ★ 可愛い兄弟&天使になった娘との愛情いっぱい日常生活

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syumama

Author:syumama
2004年 6月 ゆう誕生
2006年10月 しゅう天使に
2007年10月 ゆら誕生
2009年11月 ゆま誕生

27歳で結婚して、
妻になり主婦になり母になり、
命の輝かしさ・尊さ、
子どもたちへの愛を
実感する毎日です。

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2006.10.05 (Thu)  ☆ 朱優と過ごした時間

午後1時42分、陣痛がはじまってからたったの2時間16分で、
私たちの娘がこの世に出てきました。
体重2715グラム、身長49.7センチ、胸囲28.0センチ、頭囲31.0センチ。

パパが大泣きしながら赤ちゃんを抱いて部屋に入ってきました。
小さな口をポッカリ開けて、眠っているような小さな赤ちゃんの姿。
「ユウにそっくり!」まずそう思いました。
ほんのりお化粧をしてもらって、体にも暖かいものが巻かれていました。
抱っこをすると、生きているかのように暖かくて、
本当に今にも目を開いて泣き出すのではないか・・・何度もそう思いました。

パパと先生が確認した結果、へその緒が数箇所、
飴の包み紙のようによじれていたことが分かったそうです。
『臍帯過捻転』それがこの子の死因でした。
恐らく4日の朝、ねじれているへその緒をさらに自分で握ってしまったか、
膝の裏などで挟んでしまい、酸素が行かなくなったのではないかとのこと。
お昼に私が感じた胎動は、酸欠で苦しくて最後に暴れたもので、
決して元気なんかじゃなかった・・・。
可哀想で可哀想で、「ごめんね」を何度も言いました。
羊水にうんちなどがみられず、とってもきれいだったので、
そんなに苦しんだ様子はないと言われましたが、
4日の胎動の記憶が、いつまでも私を苦しめました。

その後スタッフの方がみんな出て行き、
パパと赤ちゃんと3人でしばらく過ごせることになりました。
赤ちゃんを私の隣に添い寝させて、写真をとったり話しかけたり・・・。
パパも私も泣きっぱなしだったけれど、でも、最悪な中でも幸せな時間でした。

名前は結婚した頃から、娘が出来たら「しゅう」と名付けようと決めていました。
姓名判断にこだわるパパの気持ちを尊重して、
散々考えた結果、「朱優」という漢字になりました。
絶対幸せになれる、完璧な画数のはずでした。
それなのに、どこにも記すことができない幻のような名前になってしまった。
戸籍に載せられない、このことが私たちの気持ちを一層悲しみに包みました。

午後7時頃、葬儀屋の担当の方が朱優をお迎えにきました。
本当に本当に小さな棺を持って・・・。
私とパパと私の父親が立会い、朱優を棺に納めました。
みんなでお祈りをした後、朱優は運ばれて行きました。
一緒に居られたのはたったの5時間ほどでした。

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